ユニクロとオリンピック

ユニクロは2002年(ねん)ソルトレークシティで開催(かいさい)されたオリンピック冬季(とうき)競技(きょうぎ)大会(たいかい)で、初めて(はじめて)選手(せんしゅ)の公式(こうしき)服装(ふくそう)の製作(せいさく)、無償(むしょう)提供(ていきょう)を担当(たんとう)しました。そしてソルトレークシティに続き(つづき)、2004年(ねん)アテネオリンピック競技(きょうぎ)大会(たいかい)でも再び(ふたたび)公式(こうしき)服装(ふくそう)の製作(せいさく)、無償(むしょう)提供(ていきょう)を担当(たんとう)しています。オリンピックの公式(こうしき)服装(ふくそう)とは、開会式(かいかいしき)で選手(せんしゅ)が着る(きる)ユニフォームのことをいいます。公式(こうしき)服装(ふくそう)には、開会式(かいかいしき)で着用(ちゃくよう)する開会式(かいかいしき)用(よう)、結団式(けつだんしき)などの公式(こうしき)の場(ば)で着用(ちゃくよう)する式典(しきてん)用(よう)、渡航(とこう)の際(さい)に着用(ちゃくよう)する移動用(いどうよう)があります。オリンピックの開会式(かいかいしき)は世界中(せかいじゅう)の人(ひと)が注目(ちゅうもく)する瞬間(しゅんかん)であり、選手(せんしゅ)の公式(こうしき)服装(ふくそう)は重要(じゅうよう)な役割(やくわり)があります。デザインも大切(たいせつ)ですが、開催国(かいさいこく)の気候(きこう)や、着(き)やすさ、動き(うごき)やすさを考慮(こうりょ)して製作(せいさく)する必要(ひつよう)があります。ユニクロは以前(いぜん)より日本(にっぽん)オリンピック委員会(いいんかい)(JOC)の協賛(きょうさん)企業(きぎょう)としてオリンピックを応援(おうえん)してきました。数ある(かずある)日本(にっぽん)企業(きぎょう)の中(なか)から、ユニクロがオリンピックの公式(こうしき)服装(ふくそう)製作(せいさく)という重役(じゅうやく)を担う(になう)ことになったのは、それまでにユニクロが築き上げ(きずきあげ)てきたカジュアルブランドとしての実績(じっせき)が評価(ひょうか)されたといえます。しかし2006年(ねん)トリノオリンピック冬季(とうき)競技(きょうぎ)大会(たいかい)では、ユニクロはJOCの協賛(きょうさん)企業(きぎょう)からはずれ、同時に(どうじに)公式(こうしき)服装(ふくそう)の担当(たんとう)からも外れ(はずれ)ました。公式(こうしき)服装(ふくそう)の担当(たんとう)から外れ(はずれ)た理由(りゆう)は、ユニクロによると「2回(かい)のオリンピック大会(たいかい)で全て(すべて)やり尽くし(やりつくし)た」とのことですが、一方で(いっぽうで)はユニクロとJOCとの間(あいだ)の複雑(ふくざつ)な事情(じじょう)や、その他(そのほか)の様々(さまざま)な理由(りゆう)が推測(すいそく)されています。小悪魔アゲハという雑誌に登場するモデルさんですが、さすがです!モデルもキラキラ!

ユニクロ

ユニクロは2002年ソルトレークシティで開催されたオリンピック冬季競技大会で、初めて選手の公式服装の製作、無償提供を担当しました。

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